「特に年配の方には『気を遣っていくつも買わずにひとつでもいいからね』と声を掛けています。歩くことも話すことも大事なのよ。保存料や防腐剤を使用していないから賞味期限が短い商品も多いですし。散歩を兼ねてまた会いに来てくれたら私が嬉しいからね」
長年「まちのお母さん」として皆に慕われる女将のるみ子さんと2代目である息子さんで営む「菊ヶ瀬」。正直な和菓子づくりがお二人の信条です。るみ子さんの亡きご主人が「塩瀬総本家」で修行した後独立し創業、昭和42年にはその腕が見込まれ、栗最中が「明治神宮献上銘菓」に。以来さまざまな逸品を奉納し続けてきた、言わずと知れたまちの名店です。
「寝る間も惜しんで黙々と和菓子をつくり続けていた寡黙な主人の口癖は『材料屋を泣かすな』。吟味し厳選した材料を苦労して揃えてくれる仕入元との付き合いを大事に、また、その材料をきちんと生かしたイイものを作らなければいけないという職人の矜持だったと思います」
だから創業以来材料はただの一度も変えず。それは、たとえ材料費が高騰しても「菊ヶ瀬」の味を守るための絶対条件だそう。小豆はその粒の大きさと皮の破れにくさが特徴的な北海道産とよみ大納言。砂糖はその甘さのキレと雑味のなさが抜群の大粒の鬼ザラ糖を使用。そして糖度や水分量、練りを変えてそれぞれの商品に合う餡を10種類に仕上げていきます。
「何十年も食べ続けてくださっている方ばかりですから。もし材料を変えたり、何かを加えたりしたらお客さんにすぐ気づかれると思いますよ。裏切れません」
2代目は現在、お父さんからの教えを守りながらも時代に合わせた創作和菓子で新たなお客さん層を増やしています。伝統的な端午の節句の柏餅、十五夜の月見団子などの季節の定番品に加え、ハロウィンやクリスマス、節分など子どもたちに身近な歳時を上生菓子で可愛らしく表現しています。
「若いお母さんや子どもたちにも本物の和菓子の味を知ってもらえるきっかけになればと、ことさら手先が器用な2代目が楽しんで創作しています。小さな子が『練りきり』なんて言葉を覚えてくれると嬉しくてたまらないです」
和菓子づくりは学校や本でどんなに学んでもものを言うのはすべてが経験とのこと。材料の特性に合わせて、都度気温や湿度を合わせながらの職人技がいい加減、いい塩梅に繊細なその味を生み出していきます。
「本物の和菓子の餡はポリフェノールも豊富で脳の活性化にも役立つ健康食です。難しいこと抜きで『美味しい』って食べていただくことが一番ですが、うちの和菓子を通して四季の移ろいを感じてもらえたり、日本の伝統文化に思いを馳せていただけたら和菓子屋冥利に尽きます」