シェフの桜さんは都心のフランス料理店、ワインバー、レストランで16年間腕を磨いてきました。自分の店を持つなら暮らしのまちでと物件を探すなか、全く見知らぬまちであった喜多見でたまたま物件が見つかり、不安ながらも思い切って開業。店を始めしばらくすると実は10年前にご夫婦で通ったことのある場所であった記憶が甦ったそう。
「導かれることってあるんだなと思いました。今では地元出身といつも勘違いされるぐらい喜多見に馴染ませていただいております(笑)。気さくで飾らないまちの雰囲気が性に合っているんです。店も最初はクールめに、いかにもなフランス料理店としてスタートしたのですが、あれ、ちょっと違うかもって(笑)。フレンチ出身だけれどそこにこだわることなく、このまちの人が食べたいものを提供して喜んでもらえるのが一番じゃないかって」
その着地点はフレンチの技法を用いた「洋風創作料理」。譲れないこだわりは仕込みにも調理にも一切手を抜かず、化学調味料を使わず、本物の味の美味しさを伝えていくことの一点のみ。一方、メニューは柔軟に幅広く、自ら市場に足を運び、その日のいい素材を見てメニューを考案しています。お客さんのリクエストに応えて新メニューをつくることも。
「ある時お子さんが『映画ルパン三世のカリオステロの城のミートボールスパゲッティが食べてみたい。作って』と(笑)。よしと腕が鳴り、ワクワクする自分がいました。ちゃんと再現しなきゃと映画を見直して研究し、レシピを考案し無事完成。とても喜んでもらえて嬉しかったですね」
昨今桜さんが力を入れているもののひとつがジビエ料理。日頃尽力している商店街活動を通して、人のご縁がつながり、巡り合ったのが「丹沢ジビエ」。桜さんの料理に欠かせない食材になりました。
「小田急線沿線の秦野市と伊勢原市の境にある丹沢大山で猟師が射止めた鹿や猪です。射止めて2時間以内に加工されるその良質なお肉のさっぱりした美味さに感激、これまでのジビエの印象ががらりと変わりました。低カロリー高タンパクで身体にもいいし、害獣として処分されてしまう命を使わせてもらうことで丹沢大山の自然保護にも役立つなら。素晴らしい食材との出会いは料理人としても勉強になり、世界が広がりました。是非一度食べてほしいですね」
親に連れられベビーカーに乗って来ていた赤ちゃんが気づけば就活生に。まちを歩けば常連さんから声を掛けられる毎日。売上だけでは決して測れない人とのつながりという喜びが、もっと美味しい料理を提供したいとさらなる向上心を生んでくれるそう。
「パンも自家製、生パスタも自家製。デザートも全部自家製です。とにかくイチから手作りをしないとどうにも気が済まない(笑)。仕込みに時間がたっぷり掛かりますが、やっぱり自分でつくった方が美味しいし安全だから。いい仕事は地味だけれど基本の繰り返しだと信じています。これからもお客さんにも食材にも誠実に向き合っていきます」