招き猫が描かれた小さな看板とその日のメニューが手書きされた黒板が目印の「食堂めぐる」。気づかず通り過ぎてしまいそうなおとなしい佇まいの店にたくさんのお客さんが日々足を運んでいます。
宇都宮さんが飲食の世界に飛び込んだのは25歳のとき。最初はカフェの接客から。いつか自分のカフェを持つために料理をイチからしっかり学ぼうと、思い切って畑違いの和食の門を叩きました。
「料理はもちろん包丁捌き、皿の向き、盛り付けなどいわゆる先輩方の背中を見て学ぶ毎日でした。職人気質で絶対褒めない大将に『出汁巻きたまご』を褒められて大きな自信に。だから得意料理と聞かれれば今でも『出汁巻きたまご』と答えています」
その後イタリア料理店にて10年イタリア料理を学ぶなか、次第に自身の思いに気づかされたそう。
「ご飯を美味しそうに食べている人を見るのが大好きなんだなって。食べたものがそのまま身体をつくるから身体にイイものを出したいし。私の目指すところっておしゃれなカフェご飯ではなくお母さんの名もなき料理じゃないかって。メニューを決めるのではなく、材料ありきで料理を思い浮かべる。味付けも変えられるから食べ飽きないのが家庭の味の魅力じゃないかなって。振り返れば祖母も母も料理が得意で、今日はどんな料理かなとワクワク待っていた子どもの頃のあの気持ちが原点ですね」
縁あって大好きな松陰神社で開業。その味、品質のよさに惚れ込んで開業前に真っ先に仕入を決めていたという熊本の「のはら農研塾」の無農薬有機栽培米を始め、お母さまの出身の九州を中心に、選び抜ぬいた調味料、鮮魚、野菜を産地から直送してもらっています。
「料理を褒めてもらえると嬉しい反面、私何もしていませんって言っちゃうんです(笑)。素材の素晴らしさを引き出すお手伝いを真面目にしているだけだから。目の前にある食材とにらめっこしてメニューを決めて、その日の気温や天気を考えて味付けも適当に、です(笑)」
さまざまな惣菜が盛られた目にも美しいわっぱのお弁当は同店の代名詞に。また、捨てられてしまうアラが「味の生命線」という絶品の定番味噌汁も持ち帰りは器持参を呼びかけています。決して堅苦しさはないけれど、食を慈しみ、料理とまっすぐ向き合うその姿は食べる人の心にしっかり響いています。
「支えてくれている生産者さんたちの顔がいつも浮かんでいます。食材は無駄にせず、使い切って、そして残さず食べていただくことが料理人として一番大事にしているところ。お鍋を持ってお味噌汁買いに来てくれる人もいますし、食べきれなかったご飯をラップでくるんで持ちかえる人も。伝わっているなって嬉しくなります」
おしゃれなまちのおしゃれな食堂でありながら、毎日のお母さんの台所仕事のような手際のいい調理風景とレトロモダンな店内空間が相まってどこか実家にいるような居心地のよさを感じさせてくれます。
「こんな毎日が続いたら幸せ。『ご飯の時はスマホ見ない』『好き嫌いしない』、なんていう小言が似合う貫禄ある食堂のおばちゃんになりたいです(笑)」