「毎日身体は疲れても苦労という感覚はないですね。自分の考えで店を回して自分の思うように料理がつくれる。ずっとやりたかったことですから」
仕入れ、仕込み、調理からPOPづくりや経理と店のすべてを1人でこなす店長の武藤拓郎さんの実家は上北沢の商店街の電気屋さん、将来は自分も何かしらの店を持ちたいと思って育ったそうです。料理づくりの楽しさを知り自然と飲食の道へ。大手居酒屋チェーン勤務15年間、4つの系列店で経験を積み上げて念願の独立を実現しました。
ズラリと並ぶお手製のPOPに記されたメニューは40種類以上、そしてひとりでこなすには広い店内、どちらもお店を持つ上で外せなかった武藤さんのこだわりです。
「自分には、メニューを少なめにカウンターだけでこじんまり、いつも常連さんに囲まれてという風景はまったく浮かんでいませんでした。いろんな人がワイワイ来てくれる居酒屋を持ちたかったんです。メニューがたくさんあれば選ぶ楽しみも持ってもらえますし。魚料理も増やしたい、季節感も取り入れていきたい、挑戦したいメニューはもっともっとあります」
豚バラブロック肉をベーコンに、生鮭をスモークサーモンに、とその素材から自家製メニューを生み、そしてさらにひと手間かけて前店でノウハウを身につけた燻製調理を施したメニューもたくさん。旨みや味わいがぐっと変化する燻製料理に研究心を掻き立てられ、自分の店を持ったら必ず看板メニューにしようとずっと決めていたそうです。
「美味しいものを追求するために手間は絶対惜しまない、これだけは本気でやっていこうと決めています。ちゃんとお客さんの期待値に到達しているか、お客さんの1口目の反応をさりげなく観ちゃいますね。美味しいかを判断するのはつくった自分ではなく食べるお客さんですから。日々振り返り、研究と改良を重ねています。しっかり修行を極めたのではなく現場で積み上げた経験と感性で勝負していますから、どこか自信がないのかもしれません」
お客さんと会話をしながら、また、知らないお客さん同士が言葉を交わす様子を見ながら料理をつくることがとても心地良く、「美味しい」「もう一杯飲もうかな」「楽しかった」、そんなお客さんの言葉をダイレクトに感じられる店主の喜びを日々実感しているそう。
「ここが地域の出会いの場になって交流が始まったら最高ですね。普段は顔を合わせないはずの大人のご夫婦にたまたま隣り合わせた若者が『僕演劇やっているんです、観に来てくださいよ』なんて自然に会話が弾むような雰囲気がつくれたら。地元の方に『商店街の先っぽに楽しくていい店があるんだよ』なんて言ってもらえる店にしたいです」