「今は2児の父親ですが、子どもがほしいと思っているときに開店が決まりました。いつか生まれゆく命への祈りを込め、また、これからここでお客さんとのかけがえのない時間を大切に育んでいきたい、そんな思いを屋号にしました」
京都出身の紀野さん、高校時代「おもしろそう」との理由から近所の魚屋をバイト先に選びました。華麗に魚をさばき、調理をこなす板前さんの姿が眩しく、自身も料理人の道を歩むきっかけとなったそうです。京都の有名割烹や鹿児島の寿司割烹で10年ほど修行を積んだ後、大手飲食企業が展開する銀座店で働くなか、海外での新店舗立ち上げを任され香港へ。その後、ドイツの和食レストラン、モロッコの高級日本レストランで腕を磨きました。
「『美味しい』と感激されて突然スタンディングオベーションしてくれる方がいたり、自家用ジェットでアメリカから来店されるVIPな方がいたり。また、計画停電の際はカセットコンロで料理をするなど日本では考えられない環境に驚くこともしばしば。何もかもが刺激的でした」
コロナ禍をきっかけに帰国後、梅ヶ丘での開業の縁に恵まれました。信頼を寄せる農家さんが選び抜いた、その日に入る産地直送の旬の食材を前に、毎日一期一会の料理を生み出していきます。
「目にもとびきり美味しくて、でも身体に優しい食べ疲れのしない料理を提供したいと思っています。見栄えはフレンチのような料理が多いですが、例えばポタージュは鰹で出汁をとっていたり、コシヒカリを入れて口当たりを柔らかくしたりと和食の要素を随所に取り入れています。そしてコースの〆は炊き込みご飯とお吸い物を提供しています。海外でどんな豪華な食事を食べても、帰りの飛行機での味噌汁がなんだかたまらく美味しく感じて身体に染みますよね」
海外のウエイティングバーをイメージしたというドリンクバーに紀野さんの料理づくりを間近に見られるカウンターバー、店前のテラスと店奥にはテーブル席。おつまみと一杯だけを飲みたい人、ゆっくりと食事を楽しみたい人、訪れたそれぞれの人が思い思いの時間を過ごせる空間も魅力です。
「顔見知りのお客さまが増え、すっかりおしゃべりが楽しくなっています(笑)。その実、会話の中からお客さんの求めている味がわかったり、新しいメニューが生まれたり、とても勉強になっています。まずはお料理を喜んでいただき、その上で例えば芋焼酎だったり、海苔だったり、希少な野菜だったり、日本にある素晴らしいものを伝える役割も担っていけたら、と思っています」