農家に生まれ育った田中さんは10代目当主。大学卒業後、農業に類する働き先を選び、農協へ。金融部門で13年間勤め、退職して家業を継ぎました。先代の林蔵氏が長きに亘り芝生の生産販売を行っていた広大な農地をどう生かしていくか、田中さんの挑戦が始まりました。

「とうもろこしや、枝豆など野菜の生産を始めましたが、広すぎて管理の限界を感じました。農作業は決して嫌いじゃないですが、野菜づくりは性分的にもしっくりきませんでしたね。次にワイン原料のぶどう畑づくりにも挑戦しましたが、こちらは気候も採算も合わず断念。せっかくの広大な農地をフルに使って『作物を育てて売る』だけではない新しい事業をできないか、考えあぐねる日々でした」
運命の出会いは、農業の勉強にと研修で訪れた群馬県川場村の帰りに立ち寄った道の駅で買った地ビール。自宅に持ち帰って冷やして飲んだその美味しさに感激。

「いつもこんなビールが飲めたらいいなって(笑)。ならば、自分で世田谷産の美味しいビールを作ったらいいじゃないかと。調べてみるとビールの原料となる大麦は積雪の少ない温暖な気候であれば、比較的手の掛からない作物だとわかり、目標が定まりました」

未経験の大麦栽培を学ぶため栃木県の大麦農家での修行後、自身の農地で大麦づくりを開始。人手を借りながら試行錯誤で収穫量の向上に努め、約1500キロ収穫できるまでに。また、ビール製造を委託する工場探しに奔走し、ビール職人との味づくりに没頭しました。やりがいいっぱいの苦労を数年間重ね、2023年4月、待ちに待った白ラベルの「ラガー」と川場村の米を副原料に使ったグリーンラベルの「ピルスナー」が誕生しました。

「流行の個性的なクラフトビールではなく、飽きのこない、これぞビールという味を目指しました。地元では4大ビールと肩を並べて選んでいただける定番品に育てていきたい。そんな思いを込めてラベルもクラシックなデザインにしました」
原料の生産者としての農作業から酒店主として販売、ビールケースを運ぶ納品と力仕事をこなせる頑丈な自身の身体に感謝しつつ、ひとりでもたくさんの人に同店のビールのファンになってもらうことは自身の使命と断言します。

「都内でも大麦農家は2軒という希少な存在。私も広大な農地を相続したからこそできた挑戦です。売り上げをしっかり上げて農地を守って行かないと先祖に顔向けできませんから」
昨年冬、赤ラベルの「エール」と青ラベルの「ウィートエール」が仲間入り。切れ味、まろやかさ、さわやかさの飲み比べ、食事とのマリアージュもより楽しめます。

「お客さんからずっと店で立ち飲みスペースを作ってほしい、という嬉しいリクエストをもらってきました。今秋、すぐ近くに毎週土曜日のみ営業の会員制の小さなバーを開設します。タップでうちの生ビールもお楽しみいただけますから是非お越しください」



