野村さんは前職がアパレル業界という異色の経歴の持ち主です。
「ずっと昔から自分の城と言いますか、いつか自分で店を持ちたいという思いは漠然と持っていました。なら、心機一転自分の一番好きなモノをつくって勝負しようと原点回帰したとき、大好物である蕎麦が真っ先に浮かんだんです。物心ついたときから蕎麦が大好きな子どもで、地元にあった手打ちの蕎麦屋にねだって連れて行ってもらっていました。とはいえ包丁すら握ったことのないような男の突然の決意表明でしたから、妻には卒倒されそうになりましたが(笑)。でも、僕の思いは揺るがずでした」
一流の蕎麦打ちの技術を学びたいとの思いから、勇気を出して神田の超老舗有名店で修行をさせてもらおうと門を叩きましたが募集はなし。諦められずA4用紙にぎっしり自身の思いをつづり修行を懇願したところ、話を聞いてくれ、その熱意をくんで大旦那さんが受け入れてくれました。
「縁もゆかりもない自分を認めてくれた大旦那さんには感謝の気持ちしかありません。地方の名店から上京して住み込みで働いている2代目、3代目の若者にまじって修行をさせてもらいました。まず蕎麦粉から生地にするところまでを身に付けるのに費やすこと3年間。先輩の手打ちを見学したり、工程を覚えたり、と営業時間外が勉強の時間ですから、睡眠時間も僅かでしたが、まったくつらいとは思いませんでした。単純ではない蕎麦づくりの奥深さにどんどん引き込まれていく自分がいました」
自宅近い三軒茶屋エリアで物件が見つかり、開業。以来、ご夫婦2人で店を切り盛りしています。野村さんの毎朝は開業前の蕎麦粉づくり、蕎麦打ちから始まります。そのときどきに選び抜いた産地、品種の蕎麦の実をブレンド、風味を飛ばさぬよう使う直前に石臼でひき、味わい、喉越し、食感を計算しながら渾身の手打ち蕎麦を完成させていきます。2年ものの本枯節、宗田節からとる出汁にかえしの濃い口醤油、ザラメでこだわりのそばつゆを生んでいます。
「蕎麦粉や配合を変えると『味変わった?』と気づかれる常連さんもいらっしゃいます。美味しさに正解はありませんが、たくさんの皆さんに納得、感動いただける真ん中の味を突き詰めていくことが一番だと思っています」
野村さんがこだわる見た目も味も繊細で美しい一品料理の数々。昼は落ち着いた蕎麦屋として、夜は季節感を大事にした乙な蕎麦飲みメニューをお目当てにお酒を楽しむお客さんが足を運んでいます。
「究極はもりそばひとつでお客さんを感動させることが蕎麦職人だと思っています。お客さんの『美味しかった』を励みに真摯に精進してまいります」