「ずっと料理に徹してきていたので、お客さんとは何をどこまで話したらいいのかな、なんて最初は戸惑いがありましたが、楽しいものですね。でも接客という雰囲気はなくて、料理をしながら普通に会話を楽しませてもらっているといった感じなのかな」
音楽をこよなく愛する店主の中村康秀さん、若い頃は出身の鹿児島県のタワーレコードにも勤務、上京を機に働き始めたビストロで創作料理の楽しさに目覚め、これまで17年間代官山、銀座、中目黒など人気のまちの人気のビストロ店で腕を磨いてきました。先の見えないコロナ禍が逆に背中を押し、思い切って長年思いを温めてきた独立に踏み切りました。
「落ち着いたまちの雰囲気も内装もこじんまりした規模感も一目惚れでここに即決。屋号も大きな木のカウンターテーブルから。これまでの都会は店同士が切磋琢磨し合うところ、どうしてもシビアさがありました。出店するなら暮らしのまちで、自分のやりたいことを思う存分表現してゆっくりまちに根づかせていこうと決めていました」
主役の料理、お酒、音楽そしてさりげなく置かれた季節の花々や果実やキャンドル、ご自身が描いた作品もある壁に飾られた絵画、シックに演出されたその空間すべてが中村さんにとっての自己表現。こだわりのワイン、クラフトビールを引き立ててくれる料理ひとつひとつが繊細で丁寧な作品そのもの、ひとりで30種類ものメニューを手掛けています。
「季節を感じてもらいたくて、旬の食材をふんだんに取り入れています。果物は特に意識していますね。日本人にとって最強の日本食、いい刺身と醤油、わさびというシンプルな美味しさを、食材の組み合わせや火加減もこだわった創作料理で超えていくことが目指すところです」
JAZZもロックもシティポップもジャンルは問わず、店内の雰囲気に合わせてレコードを1枚1枚セレクト、ボリュームも音質も丁寧に調整しています。食事や会話の背景にあるかすかな音の心地よさの表現を心掛けながらも、その音楽のよさにはっと気づいて反応してくれている姿や、そこから音楽談義が弾むお客さんが増えてくれていることも日々の喜びのひとつだそう。
「『料理がおいしい』『いいお酒がある』『音楽が楽しめる』、どれも最高の褒め言葉です。お客さんそれぞれの理由でここを好きになってもらえたら。店を閉め、忙しかった一日の終わりにひとりここで大好きな音楽をかけての一杯がとても幸せに感じます。ゆっくりでいい、『いい店って聞いたよ』って地元の口コミで覚えてもらえる店にしていきたいです」