世田谷の商店街を見つける、つながる

あきない世田谷

東松原商店街振興組合

家に帰ってきたような安心感を大事にしていきたい

円喜家 | 早川和裕さん
京王井の頭線「東松原」駅を降りると、急ぎ足だった人も自然とゆっくり歩きたくなってしまう穏やかな雰囲気に包まれています。それは85年に亘り、東松原商店街が地域の人々の暮らしに寄り添い、ふれあいを大事に重ねてきた土壌からあふれてくるものなのでしょう。なだらかな坂道沿いに歴史を感じさせる店と新しい店が心地よく並ぶ東松原商店街、近くに住んでみたくなる安心感や温かさを感じさせる商店街です。

育ててくれた商店街で商売をする意味

店頭に停めれた36年ものハーレーを愛する中華料理屋「円喜家(まるきや)」を営む早川和裕さん、日々厨房で腕をふるう中華の料理人でありながら、商店街理事長もこなしています。現在地でお父さまが営んでいた洋菓子店「マルキーズ」の次男として生まれ育った早川さんは“生粋の商店街っ子”、小学校時代はランドセルを置くやいなや、仲間と合流、放課後はいつも商店街で過ごしました。

「商店街で遊ぶのが楽しくて楽しくて。あちこちの店の様子も家族構成も、そしてどんなおやつが出るかも知っていたから『今日は、あの店に行こうぜ』なんて勝手知ったるでお邪魔して。で、本屋に行って注意されるまで立ち読み。今だから言えるけれど…酒屋さんに同じコーラの空き瓶を何度もとぼけて返却して、もらった小銭で駄菓子屋へ。悪ガキだよね(笑)。あの酒屋のおばちゃん、僕たちの悪さに気づいていてお小遣いをくれているつもりだったのかなって大人になって気づかされました。懐深い大人たちにいつも声をかけてもらい、時には叱られ、愛情をたくさん注いでもらっていました。今の子どもたちはコミュニケーション能力が云々なんて聞くけれど、人と関わり、もまれて育った子はこういうふうな大人になるよ、という見本がまさに僕ですね」

中華料理人を目指し、横浜の中華街で修行を積んでいましたが、高齢のお父さまとの代替わりを決意、お兄さまを経営者に中華料理屋「円喜家」に一新しました。地域に愛された「マルキーズ」の思いを引き継ぎ、みなが集まる「家」みたいな店を、との思いで屋号をつけました。落ち着いた住宅地に囲まれた東松原らしいお店を、と高級中華でもないけれど大衆中華でもない、“本格中華を肩肘張らずに楽しめれる店“をコンセプトにホールをこなすお兄さまと二人三脚で店を切り盛りしています。

「一見さんが少ない商店街ですから、お客さんとはほとんど顔見知り。ありがたい反面、飽きられてしまわないよう工夫をしています。例えば、毎日のように冷やし中華を食べに来てくれるお客さんには、スープの配合をちょっと変えてみたり。『あれっ味が違う、でも美味しいね』と言われたら『よっしゃ 』って。絶対譲れないのは食べてもらうのは自分が美味しいと思ったものだけ、これに尽きます」

気がつけば18年、無我夢中の毎日のなか、常連さんの小さかった子どもが中学生、高校生、大学生、社会人と成長していく姿を親戚のごとく見守れるのが商売の楽しみのひとつだそう。店の前を通る小学生や近隣中学校の授業への協力で知り合った中学生たちにも気軽に声をかけ、顔見知りから緩やかな信頼関係をつむいでいます。

「子どもたちに『自分を知ってくれている地域の大人がいるっていいな』って感じてもらえたら、って。僕は、困っていることがあれば声をかけてもらえる “中華料理屋の頼れるおじさん “でありたいです。顔と顔でつながることは、絶対なくしちゃいけない商店街の存在意義だと思っています」

商店街を愛する人たちが織りなすエピソード

早川さんと同じく、子どもの頃は商店街で遊んでいた思い出がいっぱい、現在は早川さんと思いをひとつに商店街活動を支える霞春彦さん、創業84年の老舗「美濃屋豆腐店」の3代目です。

「僕は学校を出てよそで働いていまして、店は母と双子の弟が二人で切り盛りしていました。ある日、『店が忙しいからちょっと手伝ってよ』って母から言われて店で働いてみることに。豆腐屋が重労働であることも、のれんを守る重みも十分わかっていましたから、家業に対して自分の気持ちがどう傾いていくのか自分自身もわからなかったです。でも2年後、『店をやっていこう』って気持ちがすっと固まりました。僕が決断することを母はお見通しで声をかけたんでしょうね(笑)」

「地域のお客さんを大切にすることが一番大事」
美濃屋のその精神はおじいさまからお母さま、そして春彦さんへと脈々と流れています。高齢となり、店頭まで来られないお客さんにも店の味を届けたいと、週に6日の夕方、その昔おじいさまが昔懐かし天秤棒で回っていた行商を車に手段を変えて20年前から復活させました。主に弟さんが担当、多い日は10ルートを回り、ポイント地点に立ち、「ト〜フ〜」とあの懐かしい真鍮のラッパの音色を響かせます。

「ラッパも3代目、もう専門職人もいなくなり楽器屋さんに頼んでつくってもらっています。行商そのものを知らない方も増えて、子どもにジロジロ見られたり、警察に通報されたことも(笑)。徐々に口コミでお客さんも増え、うちの大事な営業にもなっています。待っていてくれる人がいるのは何よりの励みになっています」

店頭での他愛もないおしゃべりも個店ならではの醍醐味。お母さまが忙しそうな子育て中のママにさりげなく声をかけたり、料理のアドバイスをしたり、とスーパーのレジでの買い物では味わえない魅力がお客さんの心を掴みます。弟さんのアイデアで始めた「豆腐ドーナッツ」の販売で若い世代、子どもたちがお店に立ち寄るようになってくれました。伝統の技法や味を守りながらも、時代の変化も取り入れます。

「10歳の頃、親父を亡くしました。商店街の皆さんに優しくしてもらえたことで今のこの店があり、僕たちがいます。商店街活動はその恩返しの延長、僕にとって商店街も店も生きる場所で人生そのもの。小さな物販店の厳しい時代ですが一生懸命働けば食べていける。お客さんがちゃんと見てくれている、そんな商店街だと思っています」

商店街に思いを寄せてくれているのは地元の人ばかりではありません。「商店街をロケ地に撮った自主制作映画『かぞくへ』を観てほしい」と春本雄二郎監督より早川さんに声がかかりました。下積みの助監督時代の8年間を商店街そばのアパートで過ごした監督の初長編映画です。主人公が、婚約者との結婚か、詐欺被害に遭わせてしまった親友を救うか、どちらを取るか、その激しい葛藤から本当の「かぞく」を見つけるまでのストーリーが商店街、お店、近くの羽根木公園と東松原の日常の風景のなかで展開されています。

「すごくいい作品でね、感動ものでした。春本監督の地元に商店街っていうものがなかったそうで、生活されるなか、商店街の雰囲気を気に入ってくれていて。嬉しいよね。じゃあ、商店街あげて応援しよう、って。映画宣伝のポスターを貼ったり、上映会を設定したり、と小さなことしかできないけれど、頑張っている人を応援したいですから。せっかくのご縁ですから芸術と地域振興をどうやってつなげていけるか、考えていきたいです」

イベントで商店街を知ってほしい

理事長に就任して3年目、忙しくも持ち前の明るさとリーダーシップで商店街を盛り上げている早川さん、「社長なんて偉くない。部長、課長、包丁、盲腸といっしょだ」という本田宗一郎氏の言葉を胸に、偉ぶらない、飾らない人でありたいと意識しています。自店が休業の月曜日に商店街のこと、地域のことをこなす自称「早川シフト」を組んでいます。

「手が回らないことだってたくさんですが、支えてくれる仲間がいるから頑張れます。街路灯にも刻印されている『スキ!スキ!東松原』が代々続くうちの合言葉、地域の人に好きになってもらおう、仲間同士も仲良くやろう、って。僕の小さい頃のようなにぎわいはなくなっているけれど時代のせいにしても仕方ない、今こそ頑張らなきゃね」

地元の子どもたちに商店街での思い出を作ってほしい、イベントをきっかけに商店街を身近に感じてほしい、そんな思いを込めて昨年立ち上げた「スキスキ♪サマーナイト」は従前の夏まつりをリニューアル。歩行者天国とした商店街エリアが会場です。「東松原名物フードコート」と名付けた屋台では飲食店が自慢の料理を提供しています。ゆっくり楽しんでもらおうと設置した椅子とテーブルでほろ酔いで談笑する大人たち、はしゃぎ回る子どもたち、思い思いに夏のひとときを過ごしていました。

「商店街はこうでなくっちゃ、僕の原風景です。フードコートに出店してもらった飲食店には、『お店をガンガンPRしてください。そして隣合わせた者同士、会話のひとつでもしてお互いを知ってください』ってお願いしました。店をやっていると日頃は自分の店のことで精一杯、新たなつながりって出来にくいんです。よく東松原は飲食店が少ないって言われますし、僕はライバルが増えても(笑)、飲食店がたくさん増えてほしいと思っています。お互い切磋琢磨して店を繁盛させれば、その活気が商店街のにぎわいにつながると思っています」

新しい仲間と商店街に新しい表情を持たせる

今年5月に開店した洋風居酒屋「バッカナーレ」、早川さんが商店街に新しいお客さんを呼べるのでは、と期待を寄せる店です。東松原にはあまりなかったちょっとクールで都会的な佇まいの店です。レストランで腕を磨いてきたシェフの松本さんと、飲食店での接客の経験を積んだホール担当の野沢さんで店を回しています。ウリは日本酒とワインのラインナップ、そしてお酒を美味しく飲める料理というコンセプトに松本シェフが幅広いジャンルのオリジナル創作料理を生み出しています。その味はもちろん、見た目にも美しい料理はお客さんの期待を裏切りません。

「商店街というと吉祥寺とか巣鴨しかイメージがわかなくて。地元密着の商店街をあまり知らずに生きてきました。東松原はのんびり、落ち着いている、住みやすそう、そんな第一印象です。普段はずっと店内なので、『スキスキ♪サマーナイト』への出店が地域デビューでしたね。商店街のイベントの盛り上がりを実感できました。日々、商店街の方やお客さんと顔がつながるなか、この地で腰を落ち着けてひとりひとりのお客さんを大切に地域に愛される店を目指そうって話しています。いつかはうちで食事をするために東松原までお客さんを呼べるような、商店街の繁盛店になれたらって思います」

東松原のよさを守るためにも、商店街の思いを外部に発信して積極的に新しい仲間を増やしていこう、と早川さんたちは今夏商店街ホームページを立ち上げ、ライン配信も始めました。

「おかげさまで空き店舗はほとんどありませんが、10、20年後を考えると新しい仲間を増やし、商店街に新しい表情を持たせないと、と思っています。よそから来る人が僕たちの思いもつかない新しい風を吹かせてくれるかもしれません。革命的な変化じゃなくて今あるものを大事に残して伝えながら、時間をかけてゆっくりにぎわいにつなげたい。うちの商店街のなだらかな坂のように、ね」

東松原商店街振興組合

代表者
早川和裕理事長
最寄駅
京王井の頭線「東松原」駅
住所
松原5-3-11
TEL
03-3327-8180