世田谷の商店街を見つける、つながる

あきない世田谷

用賀商店街振興組合

人のつながりに包まれた幸せな商い

ビストロ穏屋 | 小田垣文雄さん
東急田園都市線用賀駅周辺に広がる用賀商店街。駅直結の用賀ビジネススクエア、駅前には大型スーパーといった利便性も魅力でありながら、用賀の暮らしやすさを支え続けているのは商店街の存在。「買い物に困らない」「治安がいい」「子育て世代に嬉しい」など用賀を表する言葉はどれも商店街が求め続けてきたまちづくりの賜物です。ほどよい地元感を感じさせつつ誰にも優しい風通しのよさが人を惹きつけ、店も根付かせます。用賀の穏やかな日常風景の真ん中で商店街の商いが光っています。

毎日の商いが楽しい

「自分はガチガチの修行を極めたわけではないので料理やお酒に特にこだわりはないです。得意のイタリアンがベースになっていますが、お客さんに喜んでいただけるものをなんでもつくります。特別な日に気張って行ってみたい店ではなくて、気軽に寄って料理とお酒で思い思いに時間を過ごしていただける『いつもの店』を持ちたかったんです」

そんな願いと名字の響きを生かして屋号は「ビストロ穏屋(おだや)」に。店主の小田垣文雄さんの人柄にもぴったり重なります。小田垣さんは空調整備の技術職として働くなか、学生時代の飲食店のアルバイトで味わった「食を通して人と接する仕事」の温かさが忘れられず、飲食の道を志すことに。12年間都内の居酒屋やイタリアンの現場で料理の腕を磨き店づくりを学んだ後、自身の地元近くの用賀で店を構えました。気がつけばもう13年、変わりゆくまちの変化も受容しながら「穏屋」はしっかと用賀に根を張りました。

「毎日が仕事でありながら仕事でないような(笑)。自分のつくった料理を目の前で召し上がっていただきながら、お客さんと何気ない会話をして過ごす時間がとても楽しくて幸せなんです。近隣の大企業の移転でランチ需要の見込みが変わってしまったり、まさかのコロナ禍に見舞われたり浮き沈みや苦労はもちろんありますが、いつもお客さんに助けられてきました。用賀に年々飲食店が増え美味しい料理を出す店がたくさんあるなか、わざわざうちに足を運び続けてくださる皆さんは、きっと僕という人間を応援してくれているんだなと。感謝しています」

「用賀しか考えられない」と用賀限定での独立希望を周囲に表明してわずか1ヶ月で貴重な居抜きの物件に出会えたのも、以前働いていた店のお客さんの紹介によるもの。そして店のコンセプトにぴったりの落ち着いた内装も、ひときわ目をひく重厚なデザインの屋号看板も開店を後押ししたそんなお客さんたちが手掛けてくれました。お客さんが釣りで持ち込んでくれた魚で新作メニューをつくったり、お客さんに紹介してもらえた仕入れ先の商品を取り入れたり、ときには高校時代の部活で鍛えた得意のゴルフをお客さんと楽しんだり。カウンター越しの「客と店主」という関係だけではないお付き合いやつながりが「穏屋」の温かな空気を日々育んでいます。

「〆でも食べれてしまう絶品」と永年お客さんたちをうならすスパゲッティボロネーゼを筆頭に幅広いグランドメニューに加えて黒板に記されるジャンルにとらわれない日替わりメニューはすべて小田垣さんが調理しています。そこに登場するのが常連さんの持ち込み素材。美味しい料理に生まれ変わらせるのはプロにお任せあれとお客さんの喜ぶ顔を思い浮かべて嬉しいワガママに対応します。

「先日のリクエストはイカの活き造りでした。人生初挑戦 (笑)。事前に連絡をいただいたので予習をバッチリして仕上げてとても喜んでいただけました。貴重な経験をさせてもらいました。自分の店だから自分の裁量でできることは精一杯応えていきたい。これが個店の醍醐味であって、存在価値でもあるんじゃないかって思います」

誰かの「大好きな花屋さん」でありたい

用賀駅北口を少し歩くと「Flower Style BEONE」の四季折々の花々が通る人の目をいつも楽しませてくれています。木造りの温かみある店構えとシックでセンスあふれるディスプレイが印象的です。まちで見かける花屋とは一線を画したオーラを漂わせながらも、開放的で入りやすい雰囲気を醸し出しているのは、店主の細江美貴子さんとスタッフの元気にはつらつと働く姿がそこにあるからでしょう。

「小さな頃から『お店屋さん』になりたかったし、お花も好きでした。でも花屋になると一念発起したのは大学を出て働き始めてから。仕事を辞めて知り合いの花屋で無我夢中で1年間修行をさせてもらい、花の知識や経営の知識もそこそこに店を始めてしまいました。まさに怖い物知らずの若者でした(笑)。ここまで来れたのは私も店も『用賀のお客さんに育てていただいた』という言葉そのものなんです」

生まれ育った用賀で物件が見つかり開店にこぎつけたものの、ほどなくリーマンショックに見舞われ一時は家賃の支払いも心配な時期があったそう。夜遅くまで店を開け必死に働き続けながら、持ち前の素直さでお客さんからのアドバイスやときには厳しい意見も真摯に受けとめ、店づくりに活かしました。そんな細江さんを気に掛け、可愛がってくれるお客さんは自然と増えていきました。知識や経験を着実に詰め重ねて店は15年目を迎えます。2年前にはさらなるチャレンジ、広さのある現在の店舗に商店街内で移転し、名実ともに用賀の人気の花屋さんとなっています。

「お客さんの思いやお話を伺うことを大事にしています。スタッフにも話していますが、花束やブーケは私たちの作品であっても自分のセンスを認めてもらうためではない、あくまでお客さんのニーズにいかにお応えできるかがまちの花屋の腕の見せどころです。毎朝7時のセリに出掛けてもちろん品揃えや品質のよさにも精一杯こだわっていますが、お客さんに認めていただくためには花の美しさだけじゃなく人があってこそと実感しています」

細江さんの商いの答え合わせはお客さんがまた足を運んでくれたとき、初めての方がどなたかの紹介で来てくれたときだそう。

「どれもお花は綺麗なものですから、商品をお渡しするとその場は皆さんが喜んでくださいます。その花が誰かに贈られたり、ご自宅に飾られたり。日を空けて『このあいだの花束とても喜ばれたんです』とか『花がとても長持ちしました』とか、改めて嬉しい言葉を伺えるときが1番嬉しいですね」

認めてもらえる花屋であり続けるためには、知識を増やして技術を上げてそして体力も大事。その大変さを日々痛感しながらも一生涯楽しみながら続けられる大好きな仕事に出会えた幸せを感じているそう。

「『近所にすてきな花屋さんがあるのよ』なんてお客さんが自慢したくなるような店になりたいですね。毎朝のセリで杖をつきながらも仕入をこなすかっこいいおばあちゃまを見かけるんです。お花も花屋も大好きなんでしょうね。私も花屋は仕事であって唯一の趣味でもあるんです(笑)。ずっと花屋をしていきたいです」

「美味しかった」を励みにまた明日

創業60年の老舗の「目黒豆腐店」が2014年に和食店「豆魚菜 万さく」にリニューアル。永年まちで愛されていた「いつもの食卓のお豆腐」が「極上の豆腐料理」となって、お店で出来たてを味わえるようになりました。落ち着いた日本料理店の趣を大事にしながらもアットホームな雰囲気が訪れた人をほっとさせてくれる店です。

店主は先代の三男の目黒万也さん。豆腐づくりを間近で見て育ち自然と「食」に関心があった目黒さんは学生時代の有名日本料理店のアルバイトで間近で感じた料理人の生き様にすっかり魅了され、自身も和の料理人への道を目指しました。日本料理店で修行を積み重ねるなか、実家店舗の老朽化による建て替えをきっかけに期せずして34歳で店を持つことに。

「頭の片隅でいつかは自分の店を持ちたいと思っていましたが、若くて自信が持てず葛藤がありました。今になれば業種は変わっても同じ場所で暖簾をつなげることはとても大事なこと。背中を押してくれた両親に感謝です」

それまでは料理人として腕を上げることを日々のやりがいに。いざ店主となるとお客さんを目の前に料理をつくり、食べていただいて、反応を実感できる日々。その大きなやりがいはそれまでとは圧倒的に違うものだったそう。

「『美味しかった』『ありがとう』『また来きます』この3つの言葉をダイレクトにいただける嬉しさは格別です」

先代の豆腐づくりの技術をしっかり受け継ぎ、いちから豆腐を手作りすることも忙しい毎日の決まった仕込みのひとつ。厚揚げ、揚げ出し豆腐、寄せ豆腐などの看板メニュはもちろん、独立前にフグの調理師免許も取得し魚料理にも力を注いでいます。魚の仲卸業である奥さまの実家から届く新鮮な素材も「万さく」の美味しさの秘訣です。

「本物の日本料理の味を提供しながらも硬いイメージのある日本料理の概念を壊したいとも思っているんです。身近な素材を調理し、家庭でも出来そうだなと気軽に召し上がっていただきながら、やっぱりこの味は家では出せない、なんて思っていただけたら嬉しいですね」

若いスタッフへの教育も店主として目黒さんが大事にしているところ。新規のお客さんに気づいて心を配ること、お客さんは必ず玄関までお見送りすることなどを徹底しています。縁あって働いてくれたこの店での経験を社会に出て役立ててほしいと考えています。

「コロナ禍は常連さんの気持ちが有り難かった。限られた営業時間に慌ただしく来店くださり『食べたい』というより『お金を落としたい』、そんな思いが染みました。日頃から人を大切に真面目に働いていれば、ちゃんと自分に返ってくる。世の中悪いこと事ばかりじゃないって若いスタッフにも感じてもらいたいです。料理をつくることに喜びを感じる自分がいて、その料理を喜んでくださるお客さんがいる。自分のためがお客さんのためになるなんて幸せな仕事だと思っています。これからもお客さんと心を重ね合わせながら腕を上げていきます」

いいまち、いい店であり続けるために

小田垣さんは忙しい飲食店主でありながら、商店街の副理事長の顔も持ちます。大好きな用賀がいつまでも賑わいあるいいまちであってほしい、そして商店街のすべての店の賑わいにつながるきっかけをつくりたいと商店街活動を担っています。お店も真向かいに立地、同じ高校の後輩でもあった縁ある目黒さんをはじめ、商店街の気心知れた仲間たちと飲食店のPRにつながるイベントを企画、運営しています。

「『やるからには盛り上げよう、いいものにしよう』とみな忙しい時間をぬって一生懸命に取り組んでいます。当日はその準備、運営、片付けと自店の仕込みと営業とでそれはもうてんてこ舞いです(笑)。でもやらなきゃ。自分たちが商売をするまち、商店街のことですから自分ごととして頑張らなくてどうするって思っています」

いちばんの目標は用賀のすべての店がつながり、自然とそれぞれの店が「まちの案内所」のように店を紹介しあう商店街にすること。同じまちで商売する者同士は商売のライバルの一面も持ちつつ、一枚岩となってまちづくりをすることで今ある用賀の商売の賑わい、そして環境のよさも守っていけると信じています。

「振り返れば開店当時は僕も自分の店のことだけで精一杯でしたね。仲良くなった飲食店の先輩に「同業同士、まちを盛り上げていこうよ」と声を掛けていただいたことがきっかけで商店街活動に。ひとりで頑張るより店の横のがつながり出来る楽しさ、大切さを自分自身が実感しています。『一緒に頑張りましょうよ』、今は僕が声を掛ける立場です」

用賀商店街振興組合

代表者
小林弘忠理事長
最寄駅
田園都市線「用賀」駅 
住所
用賀4-12-15
TEL
03-3700-1337